気付き。

少し前に、20歳の誕生日を迎えました。

 

成人という意味では大人になったのかもしれないけれど、「もう大人」っていうよりかは「これから大人にならないと」という感覚の方が強い。

 

20歳にもなれば、もっと色んな事を自分で決められて、的確な判断ができて、ひとつの事でいっぱいいっぱいにならないだけの余裕があって、周囲を惹き付けるくらいの魅力と教養があって。そしてそれに見合うだけの努力と結果もちゃんとあって。

 

中高生の頃に思い描いていた20歳ってそんな感じでした。なんの根拠もないのに。

また随分と今現在とはかけ離れてて笑ってしまう。

 

今まで良くも悪くも特に何不自由なく生きてきました。

何も言わなくても必要なものや「良い」ものが既に用意されてあったから、環境としては傍から見たらとても恵まれている方だろうという自覚はあります。

物も機会も経験も、父母が、たぶん自分の為に沢山考えて厳選してくれたものばかりなのだろうなっていうのも分かる。感謝もしてる。

 

けど、やっぱりそれは「与えられたもの」だったから思い入れや執着心をどうしても持てなかったし、「喜ばなきゃ」って思って、用意してくれてる事物自体に対する努力がどうしても中途半端だった。

 

自分から欲しいって言ったり選んだりする前に理想的な選択がいつでも目の前にあったから、それを選ぶ以外の選択肢が無かったのです。

だからこそ本当に欲しいものが何なのかもよく分かっていなかった。頑張り方も知らなかった。

 

なんでも用意されているって、とても幸せでありがたい反面、それが良いものであればあるほど拒否したり他の選択肢に手を伸ばすことのできない不自由さがある。

 

 贅沢なのか、ただの我儘を言っているだけなのか。でも今までずっとモヤモヤしてた。

 

......みたいな事をついこの間父母に初めて言ってみた。遅めのプチ反抗期。

そしてちゃんとした喧嘩を初めてしました。変な話、ちょっとうれしい。

 

親子で、血が繋がってて、20年間一緒にいても、お互いの気持ちなんて言わないと分からない。意見をぶつけて気持ちに寄り添う努力をしてはじめて家族になるよねー、なんて初歩的な話を今さら再確認してました。

 

けど本当に、自分で選ぶ大切さ、選べないモヤモヤに気づいたのが10代のうちで良かったって心の底から思う。

 

たぶん、最初に自分で行きたいって選んだのが京大。

高校からの推薦枠も沢山あって、今までと同じ環境、似たような境遇の子が集まる女子大に何の迷いもなく進む予定だった。言われるまま、あんまり興味のない、当たり障りのない勉強して、何となく就職して.....。

 

でも、どうしても耐え難い違和感を覚えて、ほとんど無理やり浪人した。

 

周りからみたら突拍子もない目標だったんだろうけど、自分で目標を決めて頑張るってことをしたのが初めてだったから、どうしようもなく楽しかった。

頑張り方も下手だったし、明確なビジョンを持って受験勉強してた訳じゃないから、当然、受験結果としては報われなかった。傷が癒えたかといわれれば、そうでもない。

 

ただ、あの経験を通して自分で選んでいいんだ、欲しいって言ってもいいんだって自由な感覚があったことに驚いて、目の前が一気に開けたような気がした。

 

今、やっと大学に入って一人暮らしにも慣れ、自分で選択して決めてかなきゃいけない場面が一気に増えました。

 

自分で選ぶって、難しいしまだ自分の選択に自信は持てない。

 

でも、気の合う友達や、心から大事にしたいと思える人達ができて。

今までの友達のこともちゃんと見れるようになって、素敵な面がもっと発見できて、高校の頃より卒業してから今の方がもっと関係が深くなって。

 

そんな人達が自分の選んだ方を良いって言って、支えて応援してくれる実感があるから、自信を持って頑張ろうって思える。

 

そして自分のために出来たのかってくらい素敵な学部で勉強ができて、今までの違和感とかモヤモヤが吹っ飛んだし、良い環境にいられてこれまでの努力が報われたような気持ちになります。

 

人生の半分は20代前半までの自分にかなり左右されるらしい。

理想までたどり着くには、まだまだ沢山努力も経験も勉強もしなくちゃいけない。

あと5年。長いようでたぶんめっちゃ短い。そう思うと、自分の心に素直になって情熱持って一日一日大切に過ごしていこうって気にさせられます。

 

綺麗に舗装されて用意された道を通るのも一つの選択肢。それが悪いわけじゃない。

安全なぶん、決まった道を通る過程での精度が高まるし、迷いさえなければ最短経路で目的地までたどり着ける素晴らしいものでもあると思う。

 

でも、今までの自分と似たような状況の子に、あるいは以前の自分に何かヒントを与えられるとしたら。

用意された完璧に思われるルートに対して、少しでもモヤモヤしたものが心のどこかにあるなら、一歩違う道に踏み出す勇気も持ってほしい。

完全に元の道からそれちゃうかもって思うから怖くて足が竦むけど、実際はちょっと踏み出して覗くだけでも簡単に選択肢は広がります。

だから今歩いているその道を、少し立ち止まって深呼吸して、本当に心から望んでいるのかの確認を怠らないこと。

問題なければそのままGO。ちょっとでも引っかかったら一度周囲を見渡して、きらっと光る方向に進んでみてはどうでしょうか。

 

 

さて。あとから見返したらあーってなっちゃうような文章を、公開して残すのはなんだかそわそわしてしまいますが、絶対にこういう気持ちを忘れないでおきたいっていう願いでもあります。

 

25、30歳の時に、あるいはもっと後にどんな気持ちで、どんな状況でこの記事を読み返しているのか、楽しみでなりません。