3月16日 温泉で哲学する。

今日は朝5時から露天風呂で癒されました。もっと遅くても良かったんだけれど、あんまり人多いと落ち着かないしね。5、6湯全部回ってたら1時間もかかってしまいました。特に炭酸風呂が気持ちよかった♡

 

人が全然いなかったのがよかったです。お湯と木々の音を聞きながらこれからについて考えてました。行きの電車の中でDISCOVER21から出版されてる「ニーチェの言葉」を読んでいたせいか、自分の存在意義を考え直すところからはじめてしまい、なんで生きてるんだろうってなっちゃって中断しました笑

いつか自分らしい答えが見つかるのかなぁ(´∀`)

 

あとは「選ばれる人」について。

何に関しても、まず第1関門として「その集団、その人に受け入れられるかどうか。選ばれるかどうか。」というものがあると思います。選ばれてから長続きするのか疎遠になるのかはその人次第ですが。

うーん、表現的には「調和するのか」の方がいいのかな。「選ばれる」だと対等じゃないのかな、、。難しい。

 

話が逸れた。それはおいといて。

受験、友人関係、恋愛、就職・・・

こういう大事な場面で選ばれようと努力するのって、数年前に発注を受けて作業していたのを思い出すのか、お菓子のラッピングに似てるなって思うんです。

素材は良いもの使っているし、めちゃくちゃ美味しいのにイマイチ売れてない商品なんて山ほどあります。

そこで、

☆沢山の人に見てもらって、手にとってもらうには。買ってもらうには。

どの層に需要があるのか、価格はどうする、まずは手にとってもらえないと始まらない。じゃあ目を引くパッケージにしよう!売り込み方は?

こういうことを考えて考えて、OKが出て初めて店頭に並べます。

中身は同じなのに、ラッピングを変えただけで売り上げは数十倍変わる場合もあります。

 

なんだかこれって、、、

☆その人、会社、大学に選んでもらうには。

どういう人が好みなのか、妥協点、偏差値、その人がいることのメリット、自分の最大の売りは何だ?

考えて考えて、OKが出て初めて試練に挑みます。

努力量は同じなのに、努力の方向を変えただけで、成功確率は数十倍変わる場合もあります。

 

似てません?

「ありのままの自分」を認めてくれない。と嘆くばかりで何もしないで待ってるだけ。という声をたまに聞きますが認めてもらえるように努力するのって、普通のことなんじゃないかなぁ。

 

例えば、「もし京都大学に入ったら、世界の歴史に残るほどの偉業を成し遂げるのに!!」と叫んでいるだけでは、誰も振り向いてくれません。大学受験では基礎学力や偏差値というラッピングを通して、ポテンシャルを認めてもらうしかないのです。

 

 

 

まぁ、まとめると結局「勉強しよう」ってことです笑

 

いやー、思考を文章にするの激ムズですね。うまく終われなかった(-。-;

私ごときが哲学なんぞまだまだ。そもそも思考と哲学ってどう違うんだ?

こんなのを普段ぼけーっとあほみたいに考えてます。書くことない日とか、つらつら吐き出すかもしれないです。まぁ授業始まれば多少はおさまるかな笑

 

 

では、明日からまたスタプラ復活です。苦手な数学とお友達になれるよう、メインで青チャートに励みます!